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Posted by 竹下咲
 
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8月15日。この世界の片隅に
8月15日、
終戦記念日。

昔はただ怖かった「戦争」。
「ひめゆりの塔」を読み、不眠症になるほど怯えた小学生の頃。
それから何年も戦争映画なんぞ見れずにいた。

ただ父親の実家が長崎のため、否応にも触れること。

911のテロからしばらくも怖くてたまらなくて、
世界は終わってしまうんだと漠然と思っていた。


ただただ、
怖かった。

ただ戦争に意味もなく嫌悪感を感じていただけだった。


それからきっかけは忘れてしまったけど、
プラトーンというベトナム戦争を描いた映画を見た。
そこから火がついたように色んな戦争映画を見たり、読んだり、調べたり、
きっちり向き合うことをするようになった。

何故人は殺しあうのか。
それは戦争に係わらず言えることだけれど。

私は嫌いな人も憎む人も居ます。
分かり合えない人だって。
だけどだからって、
何故そうも簡単に人の命を奪えるのでしょうか。

通りすがりに人を刺したら犯罪者。
戦場で敵兵の額を打ち抜けば英雄。

大儀なんて、どこにある?


あの時戦争が起きたから、経済は潤った。
もし爆弾が落ちなければ日本の国はどんな国になっていたのか。
わからない。
わからない。

何が正しいかなんて。

ただ言えるのは、
たくさんの人が死んだ。
全て燃えて消えていった。
紙切れのように。
意味はあったのかもしれない。
わからない。

私は仏のような心を持っていないから、
大切な人を殺されたら復讐を考えるでしょう。
大切な人が殺されると考えたら、相手を殺そうとするでしょう。
守るためなら。
そんなことをするなら死んだほうがマシ。
でも私が死んだら誰かが悲しむ、
それに死にたくなんてない。

だから。
それが当たり前になる戦争なんか駄目だ。
絶対駄目なんだ。

例えばソマリアの血と煙のにおいに慣れてしまった子供に「ラブ&ピース」を説いたとして?


戦争がもう現実味のない虚構になってしまった今の日本で、
平和ボケはある意味すばらしいけれど、
それが100年も前じゃない時には夢のような世界だったことをちゃんとわからないといけないと思う。
そして今も世界の色んな場所で続いている事だってことも。

それが私たち若い世代の課題だ。


こういうことを言うと、
きっときっと拒否反応を示す方もいるのでしょうが敢えて書きました。


今からこうの史代さんのまんが「この世界の片隅で」を読み返します。
戦争を美談にもしない、思想を押し付けもしない、
ただそこにあったであろう普通の家族のそのときを描いた作品です。
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Posted by 竹下咲
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2010/08/15 21:50 | | edit posted by
かーしさん☆
うおおおおお、
本当に遅くなってしまってごめんなさい。。
非公開のコメントはPCでログインしないと見れなくて。
なかなかPCでログイン出来ず遅くなりすぎました。。

『歸國』を見ていないのでなんとも言えませんが、
本当に何も変わっていないか、
もしくは悪いほうへ転がっているような気もします。

だけど、
諦めとかそんなものに支配はされたくない。
ちゃんと生き抜きたいなと思うんです。

ほんと、何が正しいのか自問自答です。
答えもきっと出ませんね。


2010/08/22 23:11 | | edit posted by 咲
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